渡辺延志

河北新報は震災のニュースを全国に先駆けて入手し、迅速な報道によって、東北地方の人びとに震災の速報を次々と伝えたが、それと同時に「朝鮮人暴動」流言もまた、同紙の報道を通じて東北地方に広く伝播することになったのである。 震災直後の混乱期に河北新報の報道の中で大きな比重を占めたのは東京からの避難民の談話であり、これらの談話の内容は、とくに朝鮮人による暴行に関しては事実を著しく歪め、あるいは誇張した流言に満ちていた。 だが、新聞記者としてその場に自分がいたならと考えると、やはり同じ様な記事を書いただろうと思えてならない。聞いた話の内容が本当に事実なのかを確認する手段はない。 だが、語っている人たちに嘘をつく理由が考えられない。数多くの人に話を聞けば聞くほど、内容は似通っている。全国どこの新聞であっても、一本でも多くの記事を載せたいという段階だった。 そもそも事故や災害の現場で、体験者や目撃者を探して証言を集めるという取材は今日でも珍しいものではない。記者の基本動作ともいえる。 例えば、2020年、新型コロナウイルスによる大規模な感染が確認された中国の武漢から日本人を帰国させるために日本政府はチャーター便を運航した。到着する空港には多くの報道陣が待ち構えていた。そこで帰国者が語った言葉は、そのまま報じられたはずであり、日本国内から見ていただけでは想像できない切実な話であればあるほどニュース価値は高かったはずだ。 河北新報が群を抜いて多くの記事を掲載したことには理由があったように思えてならない。熱心に報道をしたのは確かだろうが、それと加えて被災者から話を聞くことのできる条件がそろっていたのだ。